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君たちはどう生きるか



名著の言葉
世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。
(本書『君たちはどう生きるか』より)



君たちはどう生きるか (岩波文庫)君たちはどう生きるか (岩波文庫)
(1982/11/16)
吉野 源三郎

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岩波文庫です。

私はこの吉野源三という方のプロフィールをよく知りません。
ただひとつだけいえることはとても明晰なかたであったということだけです。
タイトルだけでは、おそらく誰も手に取ろうとは思いません。
私もそうでした。
もっともこの作品は昭和十二年に新潮社から『日本小国民文庫』の一冊として出せれたものなので、戦前に分類されます。
この作品はタイトルにだまされてはなりません。
タイトルだけでは、やはり凝固まった倫理のご高説を延々ときかされるものなのだと誰もがおもうに違いありません。
現にそういう性格もあります。

この作品の面白さ、魅力は「人間はどう生きるか」というダイナミックな問題を真正面からとりあげながら、社会科学の見方をコペル君のささやかな発見を通して巧妙にあつかっている点です。
社会科学とは何か、そんな問いを持ち出されては、一級の知識人でさえ裸足で逃げ出すところです。
それは社会科学を、アカデミックな用語が飛び交うアカデミックな空間だけで処理しようと思うからであって、もっと作中に登場するコペル君のように素朴な感性からとらえなければなりません。

たとえば、人はなぜ働くのか、外国で生産した製品が、日本の店頭に並ぶまでに、どれだけ人間の関係が繋がっているのか、私がここでお金を支払うという事はどういうことか…

もちろん経済学者や社会学者もこうした問いにははっきりと答えられません。
なぜ答えられないのか。
社会が複雑だからか、それともその社会を記述説明するための学問体系が複雑だからか。
社会を複雑にするのは、社会を語ろうとする知的努力です。

社会や自然は、やはり学問に関与しないところでも、やはりそのままであるのです。
学問が関与することで、ありのままの社会や自然が、また別の複雑さを示しはしますが、それをも含めてありのままなのです。

長くなりましたが、まあとにかく、これは千篇一律の道徳論なんかではありません。
ひとことでいえば、「教養とは何か」を端的に説いている書といえます。

日々の雑務で、めくるめく社会に対する新鮮な感受性を失った現代人。
そんな人にこそ読んで欲しい本です。



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